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函館市西部地区再整備事業基本方針(案)に対する パブリックコメントに向けた考察

先日 函館市西部地区再整備事業基本方針(案)が公開された。パブリックも募集されている。締め切りは令和元年7月16日(火)で、本投稿の一週間後である。

実は提案に向けた文書は何度か書いているのだが、イマイチまとまらない。そこで、パブリックコメントに向けた考察を自分用にまとめていた。議論の叩き台になる可能性も多少はあるかもしれないので、こちらを公開しておきたい。

 

基本方針案の構成と想定されるパブリックコメント

函館市西部地区再整備事業基本方針(案)は現状分析を行う一章。方針案を説明する二章・これまでの作成経緯を解説した参考資料の三部構成となっている。

一章のパブリックコメントについては、1.数値的な誤り及び論拠の選出についての不公平感の指摘 2.課題及び魅力・価値の設定に対する疑義 3.分析対象の過不足に対する指摘 が対象になると考えられる。

二章のパブリックコメントについては、1.基本理念及びそれに至る積み上げに対する疑義 2.ロードマップ及び重点プロジェクトの構成に対する指摘 3.ロードマップ及び重点プロジェクトで見落とし又は排除された手法についての提案 が対象になると考えられる。

三章については奥付に相当する内容で、考察の補助資料になってもパブリックコメントの対象として意見を添えるものとは考えない。

 

第一章に対する問題点の検出

人口・居住意向関連

問題点1

対象地区の現況・人口・居住意向について。グラフの対象がH7-H27の物とH25-H29の物が存在しており、公的資料の提出資料として単純な不備がある。期間の設定に資料作成者の示威が存在し、それによって回答が導き出されている可能性が問題点となる。

問題点2

そもそもグラフの対象が平成年間であったり平成の後期であるため、この地域が持つ人口についての潜在的キャパシティーがこの資料から全く伝わらない。明治期については資料の不在があるかも知れないが、少なくとも戦後以降については資料があるべきではないかというのが問題点になる。ちなみにこの地域における人口の最盛期は昭和初期の可能性が高い。現在の首都圏都心に匹敵する人口密度は高度な文化の集積に対して多大な貢献をしたため、石川啄木を初めとする多くの文化人が函館での経験と人脈をもって国内文化史に残る活躍をした事実は見逃せない。

問題点3

住民意向について函館市民に限定してアンケートを取った場合の数値と、函館市民以外の移住希望者を対象にした場合とでは大いに異なる可能性が高い。あくまで市民の意向のみに絞る場合は、年齢層の分析による実現性の検討が求められる。以上のことからこの居住意向が適正な資料かどうかは一つの問題点である。

 

生活環境関連

問題点4

医療施設や商業施設等が徒歩圏内に一部不足している地域があると課題を導き出しているが、徒歩圏内に人口の9割以上が収まる分析図が掲載されており矛盾が存在する。公共交通機関が医療施設密集地域に直通している事実も排除するべきではないはずだ。また飲食店やカフェといった他の市街地と比べて圧倒的に多い業態の店舗を、意図的に外した部分も見逃せない資料になっており、問題点が内在する。年二回のバル街開催によりこの地域は明らかに他の住宅地より商業施設が多いことが全国的に知られている。

 

都市基盤関連

問題点5

細街路や狭小宅地は、歴史的に平成時代にこの地域が本州資本による無謀な乱開発で崩壊することを防いでいる。原生林を護るために一坪地主が土地を購入した運動とよく似た結果が出ている。対照的に湯の川地域は大きめの土地取得が容易であったため歴史資産を乱開発で多数失っている。街を護った抑止的効果を無視して課題と位置づける事は問題点である。行政が無策に過ごした数十年の期間、この地域の防波堤として機能したのは、100年の歴史が作り出した複雑な権利関係と人間関係が入り組んだ狭小住宅地である。

 

住環境関連

問題点6

問題点5で細街路や狭小宅地を問題にしながら、これの解消に必須である空き地の存在を課題としている。矛盾が存在するという意味で問題である。空き地は駐車場への転用が容易であり、モータリゼーションを必須とする生産年齢の核家族による新規居住を増加させるために必要なエッセンスになり得る存在であり、一面性のみを捉えて悪と断ずるより、知見により地域の流動可能な資産と見なすべきではないだろうか。

問題点7

築年数=老朽判定の基準というのは乱暴なまとめ方だ。継続的に整備されながら利用されている建築物であれば、全く管理されず放置状態の建築物に比べて、時間経過による損耗は明らかに軽微であるし、戦前の木造建築物は昭和中期~後期の木造建築物に比べて木材の品質・状態が優良な物が多いため強度が高い事例も多く、RC造の場合も適切な対策がなされていれば骨材や混和剤の特性差で状態の善し悪しが築年数で簡単に換算できない場合が散見される。特に骨材は戦前のほうが高度成長期より良質な素材を要いていた傾向があり、リプレースの優先度を築年数で軽々論ずるのは危険である。

 

 

第二章に対する問題点の検出

 将来像・基本理念

この基本方針案における中核である将来像と基本理念については大きな齟齬は見当たらない。一章の内容とは齟齬があると感じられるが、こちらを基軸に据えて一章の内容を修正するのであれば、全体としての整合性を形成することは可能ではないかと考えられる。

基本理念に貫かれている過去へのリスペクトと多様性を許容したスローライフな生活空間の形成という考え方は、地域に立脚した現代的都市形成に向けた市民の相互扶助・共存共栄を計る上で王道的な指針であり、函館の地域特性を盛り込むという部分に多少の物足りなさを感じるが、広く市民の共感を得られる可能性をもった良識的な物だと考察できる。

よって、将来像・基本理念は受け入れることとし、特段のパブリックコメントは加えなくても良いのではないかと判断できる。

 

将来像の実現に向けたロードマップ

ロードマップは後述される重点プロジェクト運用に関する時系列のまとめだけで特に何かコメントすべき要点は無いように一見して見えるが。想定される条例案という項目が存在しているので、これに対する検証が必要になる。

 

空き家に関する事業例

・空家等を活用した移住体験の提供

・空家・空地を活用した企業等の誘致

・空家のリノベーションによる良質な住宅の提供

→一般的である。

 

まちぐらし住宅に関する事業例

・地域に適したモデル的な「まちぐらし住宅」の創出

→曖昧で評価が難しい

 

景観まちづくり刷新モデル地区に関する事業例

・道路や坂道の美装化や良好な歩行環境の整備

・良好な都市景観や眺望景観の形成

・観光目的地間の移動利便性の向上

国土交通省補助金事業「景観まちづくり刷新モデル地区」に連動した内容であり、観光政策の話題に相当する。函館市の財政に着眼すると補助金流入による財政的メリットが大きいという意味で良いことだが、中央官僚の偉い人が良いと思う景観にトップダウンで街を作り替える施策で、地域主導による生活空間形成に着眼した今回の基本方針案とは少なからず矛盾する。整合性を計る場は用意されるのだろうか。

 

町会活性化に関する事業例

・町会館を活用した様々な世代が集える場の提供

→恐らく実際に住んでいる高齢者からの要望の強い分野だと思われる。子細は後述。

 

 

重点プロジェクト(概論)

ソフト寄りの「共創のまちぐらし推進」「町会活性化」とハード寄りの「既存ストック活性化」の3つが重点化されている。本来は「共創のまちぐらし推進」の推進が町会単位で進行すれば「町会活性化」と完全に連動して進む可能性が高く、分離することが本当に正しいのかどうか・町会間の差が広まるが事業を加速できるモデル町会をどのように扱うのか。運用面においては問題が山積しており、この基本方針だけでは測りきるのが難しい。

 

重点プロジェクト(個別)

(仮称)西部まちぐらしセンターの設置

現状でマチセンが担っている活動との重複部分を整理するのか・あえてしないのかによる影響は考えられるが、その部分については記載が無い。

市民との連携と市民団体・組織との連携には似て非なる要素が存在するが、ココではあえて市民としているので組織化を業務の一端に捉えるとなると、組織の立ち上げと運営に関するノウハウがまちぐらしセンターにのしかかる事になる。

基礎情報データベースの構築と定常的な更新が含まれているが現状でも函館市役所の縦割りと法の制限により、税務・消防・都市建設・社会福祉の各部門に全く連携の取れていないデータが横たわっている。これを一元的に維持管理する事が出来れば、空き家問題等に対して絶大な威力を発揮する反面、運用については別個条例を設置する等の対策が必要になる可能性が高く、実現のハードルは相当高い物になる。

 

共創のまちぐらし推進プロジェクト

PDCAサイクルを西部まちぐらしセンターで自己完結させながら、スピーディーな問題解決を実証実験を元にして執り行おうという試みが語られている。しかし実際にこれを西部まちぐらしセンターで推し進めた場合、町内会って必要無くなるのではないか?という問題が根底に潜んでいるように思われる。棲み分けを進めれば進めるほど町内会活動は事務的で空虚になってゆくようにも感じられる。

 

既存ストック活性化プロジェクト

狭小宅地を悪と捉え、これを退治することで街が良くなるという考えが溢れてカタチになった資料が提案されているが。本当にまとめて大きな土地にするのが正解なのだろうか?

狭小宅地があれば狭小住宅を建てれば良い。人口密度を上げて駐車スペースや庭など地域でシェアリングするシェアリングエコノミーで生活空間を満たせば、最盛期並の人口密度にまで成長しても劣悪なスラム化とは真逆の都市空間が形成できるはずだ。

高齢化社会核家族どころか単身社会となりつつある。前世代的な庭付き一戸建てに家族で暮らす事をゴリ押ししているハウスメーカーGDPを稼がせる事が正義の時代は終わったのかもしれない。

少なくともアメリカのビバリーヒルズのような高級住宅街からは未来を切り開くイノベーションは生まれない。函館がイノベーションを世界に叩き出した明治大正の時代は、商業区と居住区が雑多に入り交じり、広い家に住む金持ちと狭い長屋で雑魚寝する庶民が僅か3平方kmに混在する適度なカオスを内在した住空間が存在していたのだ。

現代社会における都市砂漠形成の最大要因は、充分な資金を持ち土地を死蔵出来る裕福な市民と、僅かな権利を持ちながら生活空間の維持に至る資産を維持出来ない貧しい市民が混在し、土地や建物の諸権利が流通出来ない環境にある。封建時代・帝国主義時代は権力者がこれを強制的に流通させたが、民主政治に基づく現代ではそれを望むことが出来ない。

これを解消するには諸権利の所在を明確にするデータベースの整備(目指すべきは空き家になる前の空き家予備軍を確実に網羅しうる居住権利バンク)と、所有権移転が伴わない賃借ベースを軸としたソフトでウェットな利用環境形成と、これらを下支えする公的もしくはそれに準じた補償・保険制度構築がニーズに合致するのではないかと思われるが。順調に展開するためには非流動資産への追徴課税にまで手が及ぶ特区制度の活用まで睨む必要がありえるため、行政のハードルは非常に高い。

行政の立場で既存の法制度を活用した区画整理に基づく問題解決に靡くのは当然である。しかし、市民の立場で市井の課題解決の最適解を追求しないのは果たして良いことなのだろうか。

 

町会活性化プロジェクト

前述の通り町会活性化は共創のまちぐらし推進と利害が相反する可能性が非常に高い。町会の機能をこの地区に限り(仮称)西部まちぐらしセンターに移管してしまう選択肢を熟考してみるべきなのではないだろうか。当事者にとってもその方が多くの益をもたらす気がしてならない。

そして残念ながら今後移住を希望する人は町内会活動の無い地域のほうに集まりやすい傾向が存在する。特に若い世代にはこの傾向が顕著だ。この事実から目を背けてはいけないのでは無いだろうか。

それに比べて共創まちづくり推進プロジェクトは、組み上げ方次第で多くの世代の共感を集める可能性を残したブルーオーシャンである。居住権を基軸に平等な共創関係を形成して街を作り替える本計画において、町内会を町内会として継続すべきか否かについては、再考の要素が多分に含まれているのでは無いだろうか。